東京高等裁判所 昭和29年(う)2308号 判決
原判決は挙示の証拠により本件事故は被告人の業務上の注意義務の懈怠によるものと認め、被告人に対し有罪の判決言渡をしたものである。しかし本件記録並びに当審における事実の取調の結果によれば本件事故が被告人の業務上の注意義務懈怠によるものであるとの点は結局その証明がないものと認められるのであるから、この点において論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
即ち原審証人小林美寿江同内海こと石渡郁子の各尋問調書、原審証人菅野いね、同山本保の各供述、原審検証調書、当審証人菅野いね、同小林美寿江の各尋問調書、当審証人山本保の各供述、当審検証調書、原審並びに当審における被告人の各供述を総合すれば
一、本件事故発生前被告人の運転していた判示乗合自動車が北糀谷停留所に停車していた頃子供四人が約一間位ずつの間隔をおいて一列となり、先頭から三人が三輪車に乗り後から一人が徒歩で該自動車の右側後方から自動車の方に向つて進み、その内先頭の一人は停車中の右自動車の前方を自動車とすれすれに左方に横切つて左側の歩道の方に入つたがこれにつゞき約一間位の間隔を保つて三輪車を走らせていた子供(本件被害者山崎久美男当時三年)が先頭の子供に続き自動車の前面を左折しようとして該自動車の右側面に接着して進行していた際被告人の運転する前示自動車が同停留所を発車し右斜前方に進行を開始したため約十一米余進行したとき自動車の後右車輪を以て右子供を轢き判示のように其の場において同人を死亡するに至らせたこと。
一、当時菅野いねは自転車で使に行つた帰途事故現場南方の三菱銀行(本件当時は米屋)角十字路附近を、通路の西側歩道の端より約四・三〇米道路中央寄に北進している三人の子供(その前方に更に一人の子供がいたことは見なかつたという)の姿を認め、子供達の後方より歩道に添つて子供と同一方向に進み停車中の乗合自動車の後方約二・六〇米のところで停車したが、その時右三人の子供の内後にいた二人を危険だからと云つて歩道寄に避難させたけれども、その先にいた一人(本件被害者)はそのまま自動車の右側を前方に進んで行つた、その時避難させた子供と菅野との間は手を伸ばせば届く程の距離であつた。また当時道路の東側にある自宅(小林熔接所)前に立つていた小林美寿江は車道を北進している四人の子供の姿を認め危険だと思つていたところ、先頭の子供が停車中の自動車の直前を左に曲つたのを認めたが、次の三輪車に乗つた子供も該自動車のすぐ右側を走つており先頭の子供に続いて左に曲りそうな気配を見せていたこと、これらの状況から見ると被告人が本件自動車を発車させようとした当時本件被害者は先頭の子供の後に続き自動車の車体右側すれすれに三輪車を走らせてバスの前方を左に横切ろうとして本件自動車の前頭部後寄乃至は車体右側にある後写鏡(バツクミラー)の真下附近を進行していたものと認められる。
一、本件現場は品川方面より川崎方面に通ずる通称羽田街道の一部であつて車道の幅は約一五米あり同所における自動車自転車その他の車馬の交通は相当頻繁であつて、右道路の車道中央に近い部分を子供が三輪車に乗つて往来することは最も危険と認められる所であり、被告人が昭和六年十二月頃から自動車運転の業務に従事し、昭和十六年八月以来京浜急行バスの運転手として長期間に亘り多数回同個所附近をバスを運転して通行した場合でも子供が車道の中央に近い個所を三輪車で通行しているようなことは未だ目撃したことがなかつたこと。
一、本件自動車の運転手席における視界については、肉眼による前方の視界は、車体前方にボンネツトが出ている為前正面約三メートル以内の路面はボンネツトの蔭となり、その見通しより高いものであれば容易に見うるが、これより低いものは見通しが困難であり、右斜前方は正面より見通しが容易であるがフエンダーの蔭になる部分は視界に入らない。また車体の右側は車体から約二米以内の路面並に路面上の物体は車体から二米の地点と車窓とを結ぶ見通しより低いものは視界に入らない。車体右側に設置された後写鏡による右側面後方の視界は原審検証の際試みた三輪車に乗つた五才の子供(三輪車に乗つた姿勢で地上より頭上までの高さ〇・七五米のもの―本件被害者及当時同行していた他の子供達の体躯はいずれもこれより小さかつたものと認められる。)が右後写鏡の真下より車の後方約一・五米車体より〇・四五米の地点以内又はその前方にいるときは視界に入らない。その限界点の後方又は右側外に出るに従い次第に大きく見えるようになるが、この場合でも車側面すれすれに後部に下つた場合には頭部附近が鏡に写る程度で注意しないと見落すおそれがある。又運転手席の右側につけられた窓を開いて座つたまま右側後方を肉眼で見てもその視界に入る範囲は省略後写鏡による視界と一致する。これによつて見れば本件被害者が乗合自動車の停車中その右側後方から前進した進路が前示のように車体すれすれに自動車の右後方より車体の右側をとおり自動車の後写鏡真下又はその前方附近を進んでいたものである限りは本件自動車を発車する直前における被害者の位置は前記の肉眼及び後写鏡又は右側の窓を開いて右後方を肉眼で見た場合のいずれの視界の内にも入らなかつたものと認められる。また該自動車が同所に停車中に先頭の一人の子供が自動車の前面をすれすれに左方に曲つたとしても当時その子供の姿も被告人の視界に入らなかつたものと推認されるのであり、(前記小林美寿江の証言並びに視界の範囲に関する説示参照)仮に右の子供が左折した後車体を遠ざかるに従いその子供の姿が被告人の視界に入り被告人がこれに気づいたとしてもその子供に続いて本件被害者が自動車の右側直下を進行していると云うようなことを被告人が予想しえたような状況は何ら認められない。
一、被告人は前記北糀谷停留所を発車する際、左側前方約九・五米の地点に幅約一・四米のオート三輪車が歩道沿いに停車していたため被告人は把手を右に切り右側の方向指示器を揚げて斜右前方に車を発進させたのであるが、その際被告人は前方及左右を注視すると共に後写鏡並びに肉眼を以て自動車の右後方をも注視しその視界内に事故発生の虞ある歩行者、自動車、自転車等のないことを確め、車掌の発車合図を待つて車の進行を始めたものであり、当時本件被害者の姿は被告人の視界に入らず、また自動車の右側方に接着して三輪車に乗つた子供が進行していたことは予想しえない状況にあつたものと認められることは前示のとおりである。
以上認定の事実関係の下において、本件事故が被告人の業務上の過失に基くものかどうかを考えると、およそ自動車運転の業務に従事する者は、本件のように、交通頻繁な街路上において停車中の自動車を右斜前方に向け進行を開始するに当つては前方並びに左右を注視するは勿論、後写鏡または肉眼を以て右側後方を注視し、右側後方より進行中の人又は自動車自転車その他の車馬の有無を確認しこれらの人又は車馬と右自動車とが接触する等により起りうべき事故の発生を未然に防止する義務あるものと解すべきであるが、本件のように肉眼又は後写鏡による視界の限界をこえて自動車車体右側に接着して三才の幼児が三輪車に乗つて進行しているというような異常な状態をも考慮に入れ右側の窓より頭部又は身体を乗り出して衝突の危険がないことを確認しなければならないというような厳格な法律上の注意義務は負わないものと解するのが相当である。また停車中においても後写鏡を注視することにより後方より接近する人または自動車自転車等の有無を注意し本件のように三輪車に乗つた幼児が車道中央に近い附近を自動車の方に進行してくると云うような異常な事態を認めたときは、(前記菅野いねが最初子供達の姿を認めたときの子供達の地点またはその附近においてはその子供達の姿が後写鏡により纔に認めうることは当審の検証調書によつて認められる)絶えずその進行状況に注意し、右子供が発車当時肉眼及び後写鏡による視界の範囲をこえて車体の右側面に近接しているようなときでもその所在を確認した上運転を開始する等事故の発生を防止するため適宜の措置をとることは自動車運転手として望ましいところではあるが、常に本件のような異常な事態が起りうることを予想し停車中においても後写鏡の注視を怠らず聊かでも事故発生の危険ある幼児等の姿を認めたときは絶えず注視を継続しその行方を探索確認した上でなければ発進しないと云う業務上の注意義務があると解することは本件現場附近における車馬の交通状況から見て人力の限界の及ばない高度の注意義務を課する結果となり、かかる限度にまで法律上の注意義務の範囲が及ぶものとは解することができない。
これを要するに本件記録並びに当審における事実の取調の結果によれば、本件事故が被告人の業務上の注意義務の懈怠によるものであるとの点はその証明がないものと認めるのが相当であつて、原審が、被告人において自動車運転手としてなすべき業務上の注意義務を怠らなかつたならば本件被害者の存在を認識し、本件事故を未然に防止しうべきものであつたとして被告人に対し業務上過失の責任を帰せしめたことは本件事故発生の具体的事情並びにその事情の下における自動車運転手としての注意義務の範囲の認定を誤り不当に法令を適用した違法があるものと認められるのであるからこの点において論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)